私の初恋に会ってきたお話

文字通り、拗らせた初恋を実らせてきた。
こう書くと何やらあれだが、端的に言えば"握手会"に参加してきた。9月29日金曜日、場所は大宮アルシェ5F、Ray flowerのメンバー5人との握手会。
そのメンバーの中に、私の初恋、拗らせに拗らせた20年分、そのお相手、それが都啓一さん。私の中では永遠に都くん。

都くんと私の出会いは、SOPHIA。彼はそのバンドでキーボードを担当している。当時ピアノを習っていた縁で、キーボード担当の彼が気になり、そしてその笑顔に惚れた。いや本当に都くんの笑顔は最高なのだ。唇が優しく可愛らしい曲線を描いているので、笑うと更に柔和、癒しの表情になる。勿論彼の魅力はもっと沢山、星の数ほどあるけれど、とかく私はその笑顔が一番好きなのだ。

そんな大好きな人が、握手会をするという。いや…、それは…、行くしかないでしょうよ、と場所を見てみたらまさかの北海道。嘘だろう!!!!!!遠い!でも愛の前に距離は関係ない!うーん!でもやっぱり急すぎる!諦め…、ちょっと待て!イベントは他の場所でもやるぞ?!大宮…!大宮?!いいじゃん!大宮!行く行く行く!!!!!

と、テンション高めに大宮へ行き、9月26日に発売したアルバム、"Brilliant Anthology”を購入し、無事に握手会参加の為の整理券を手に入れた。整理券を手にしただけなのに気分が高揚して、意味もなく大宮駅周辺をフラフラ歩いた姿は今思い出しても滑稽である。

だって20年だ。20年って長い。勿論若い頃の、突き抜けるような痛々しい好きとはまた変わっている。年月を経て熟成されたそれは正に拗らせ。何だろう。やっぱり痛々しいか。

そんな痛々しい、できたら大きな絆創膏で包みくるんでもらいたいくらいの気持ちを抱ええて、29日、私は再度大宮へ向かった。豆腐どころか湯葉のように柔らかく薄いメンタルなので、行きの電車では緊張しすぎて若干震えていた。体に異常なくらい重力がかかって、階段を上がるのも一苦労だったくらいだ。

始まる前からぐだぐだな自分を叱咤しつつ、予定された場所へ行く。既に人が沢山。上から降りてきた女子高生も思わず「何で今日こんな人多いの?」と言うくらいだ。その一員としてじっと待つ私。そしてようやくスタッフさんが案内を始める。整理券に記された番号はお世辞にも早い、とは言えなかったのでまあゆっくりでいいか、と思っていたが

「整理番号関係ありません!並んでくださーい!」

関係ないんかーい!!!!
慌てて並びに歩き始める。まさかの展開に拍子抜けしつつ、列に加わる。そろそろだ。そろそろ会えるのだ。鞄からハンカチを取り出し何度も手を拭く。普段は枯れているくせに、こういうときはだくだくと溢れ出る。何と汚い泉だろう。一心に拭きながら、そのときを待つ。思ったより前の方に並べていたようで、徐々に見えてくるメンバー。その近くにプレゼントを入れる為の箱。箱!そうだ、手紙を書いてきていた。渡せようと渡せまいと、この想いを文字にして伝えたかった。その、暑苦しい手紙をそっと箱の中に入れる。もうこれだけで満足だった。感無量に浸る中、スタッフさんに整理券を渡す。その手が震えていた。もうそこにいるのだ。背中に汗が吹き出す。顔は大丈夫だろうか。てかっていたら嫌だ。あぁ、化粧を直しておけば、せめてリップを引きなおしておけばよかった。もう少し体重を落としておきたかった。少しでも綺麗な姿で都くんの前に立ちたい。

そして目の前に、都くんがいた。都くんは変わっていなかった。素敵だった。手を握った。温かい。言うべき言葉は用意していた。何よりこれを言わずにはいられなかった。

「20年間、ずっと大好きです!!」

大きな声が出た。まだ学生だった、若かった自分も声を出していた。叫んでいた。大好きだ。本当にこの人が大好きだ。都くんは、私の大好きな笑顔を見せてくれた。へにゃっと、唇の柔らかい曲線。こんな至近距離で見られる日が来るなんて。そして「ありがとう」と言ってくれた。あの一言は、私一人に向けられたのだ。そう自惚れるだけで体がかっと熱くなる。泣くまいと思っていたけれど、やっぱり泣いてしまった。大好きなこの人は、少し前に大病を患った。本当に大きな病気だ。それを克服し、今も音楽に携わってくれる。それがどんなに幸せで嬉しいことか。色々な感情がこみ上げてきて、泣いてしまった。

それからは記憶が定かではない。涙は思ったより早く止まった。泣いたままだと外を歩けないと思ったからだろう。離れがたくて、あてもなくフラフラと歩いていた。どこを歩いたのかはあまり覚えていない。握手をした右手だけはずっと握り締めていた。間近で見た、都くんの笑顔だけが瞼裏に張り付いていた。

20年前に都くんを好きになった自分に、新しい曲を聴いて頭を振っている自分に、初めてライブに行った自分に、SOPHIAが休止して愕然としている自分に、都くんを心配して震えている自分に、教えてあげたい。お前の大好きな人と、握手をして、大好きな笑顔をすぐ近くで、ありがとうと、声をかけてもらったんだぞと。会えたんだと。夢にまでみた時間はちゃんときたんだと。本当に、好きでよかった。会えてよかった。人生における目標があれば、間違いなく1つ、私は達成した。

拗らせに拗らせ、痛々しく、それでもいつもそこにあった初恋が叶った夜にただただ乾杯。

山下達郎を流せばいいって話じゃない(龍が如く6ネタバレ感想)

桐生ちゃんが命を懸けてきたこととは何だったのだろう。

前提として、私は5における澤村遥というキャラクターの立ち位置、在り方に決していい感想は持てなかった。アイドルになると大阪へ行き、様々なことに巻き込まれそれでもドームでの公演を成功させた。と思ったら突然のぶっちゃけ&引退。現実にそんなことやったら例え遥の生きてきた過程に何があろうと大顰蹙ものだろう。何だそれ、だ。6はそんな遥の引退後から話が始まる。
ドーム公演を出来るくらいのアイドルが電撃引退、そしてヤクザに育てられていた、なんて世間からすれば奇異の目で見られて当然だ。案の定遥の生活は早々満帆とはいえない。好奇の目と、周囲への影響と迷惑を考え、遥は一人沖縄を後にする。アサガオの子供たちに嘘をつき、桐生がシャバへ出てくる間、遥がずっと姿を隠していた。まあ、その隠していた間に、実は広島の若いヤクザとねんごろになり、若干19歳の身で母となったわけなのだが。

ちょっと待て。

若いとはいえ、あの幼かった遥が母…。そこには感慨深いものがあ…、るわけないだろう。桐生はアサガオの皆、そして遥のために身を綺麗にしようと実に3年の刑期に服したのだ。それを何だ。何でヤクザの男との間に子供を身篭っているのだ。いくら配役が藤原竜也であろうと、3で声優をしていようと、キャラクターとしてはただのぽっと出野郎である。何でぽっと出ヤクザが、そして父になっているのだ。
遥は、桐生と同じく龍が如くシリーズにおける大事なキャクラターだ。幼い少女が過酷な運命の中で必死に生きる、1のストーリーは、遥のことを思うと胸が切なくなる。あんなに幼かった遥。手を繋いでくれた遥。弁当、牛丼、ジェラートを食べてもまだ「お腹すいた」と言っていた遥。プレイスポットにおいて遥からいくつ鬼畜なお願いをされたことだろう。いつも桐生視点で遥を見ていた。謂わば私は、桐生と同じ様に遥を娘のように見つめていた。そんな大事な娘がだ。アイドルになるという時点で不安になり、引退時には「そんなことをして世間の風当たりはどうなんだ」と心配し、待っていた最新作をつけたらぽっと出ヤクザにとられていた…。

笑えない。

全然笑えない。おまけにぽっと出ヤクザは最初しらばっくれる。別の男と遥は…、と龍が如くシリーズではお馴染み、ミスリードな推理の前で「俺たちの遥ちゃんを!!」といけしゃあしゃあと言ってのける。え、お前も遥とそういう行為をしていたんだよね?子を授かる、というのは奇跡みたいなものだ。何度重ねても授からない人もいれば、一度で授かる人もいる。ぽっと出ヤクザも、遥と夜を共にした事実がある以上、父親の可能性があるのだ。というかお前なのだが。大体ミスリードの前で、ぽっと出ヤクザは何を思っていたのだろう。口では「許せない!」とか言っていたが、その時点で遥は身の覚えがある自分、そして勘違いとはいえそいつとも体を重ねていたということである。少しはショックを受けろ。宮迫を見習え。もう少し動揺しろという話だ。
そして本当の父親が自分だと知られた前で「だって一度しか…!」なんて随分なことを言ってのける。命知らずだ。何せそいつの隣には、あの堂島の龍がいる。遥の為なら虎を倒し、刺されても撃たれても不死身の心で生還してきた桐生一馬の前で、よくもまあ。自分が桐生だったら、その瞬間に虎落としだ。まあ、ぽっと出ヤクザは、その後別の理由を盾に、桐生に派手に殴られたのだが。

その後もぽっと出ヤクザは、桐生、ひいては我々をいちいちカチンとさせる言動を繰り返す。それは目覚めた遥も同じなのだが。
結局、奴は知らないのだ。私たちが過去5作を通じてどれだけ遥の傍にいて遥のことを想ってきたかなんて。100億の子供として狙われ、沖縄の地で束の間の静かな?時間を過ごし、アイドルとしてデビュー、そして電撃引退。いつだって桐生は、遥の為に戦い、傷つき、それでも立ち上がっていた。私たちがどれだけ奮闘してきたか、お前も1~5をやってみろ、と言いたくなる。プレイした後もその口がきけるのかと。大体ぽっと出ヤクザには、中国マフィア、そのボスの血が流れているのだ。桐生は「血で人を選ぶな」なんて言っていたが、ぶっちゃけ龍が如くという世界の中でこれほど恐ろしい因縁もない。一応6のゲーム内では、もうこれ以上ぽっと出ヤクザ、そして子供に危険が及ぶことはないらしいが、そんなもの信じられない。世の中というのは実に恐ろしい。その血が流れているというだけで、本当に安全だとは正直プレイヤーの私には思えない。何だかんだで6まで引っ張られた蛇華を見ろという話だ。大体見守っていたお目付けヤクザたちも無能の極だ。確かに長男が生きていればぽっと出ヤクザには出る幕などなかっただろう。だからこそ油断していた?つくづく危機管理の薄い現場である。結局無能の極みがアルティメットヒートの連鎖で、今回の事件の一端を担ってしまった。そして同時にプレイヤーである私の心も砕いてしまった。
0のマキムラマコトみたく、ヤクザにその幸せの約束を見守られ、最後はカタギの人と共にお日様の下へと戻っていく、という流れは実に感慨深かった。真島の兄さんの心意気にただただハラショーだった。そして密かに遥もこうなるだろうと、心のどこかで思っていた。桐生だってそれを望んでいたのではないだろうか。ならばぽっと出であろうと祝福は出来たと思う。それでもヤクザがいいというならば、せめて3とか4のあたりで片鱗を見せてほしかった。甘酸っぱい恋、じれったい距離、そして…。そんな過程もなく(6の中ではあったのだろうが、プレイヤーがそれを見ることはない)はい子供です、なんて。桐生さんが許してもプレイヤーは許しませんよ!である。

最終的に、桐生は全てを引っ掻き回し壊し、そして自分も死んだ人間としての処理を望む。もう今後二度と遥やその子供、アサガオの皆と会えない。それでも自分に周りにいてくれた人たちを守るためなら、その道を選ぶという。これも正直、えー、だ。だって結局生きている。例え書類上では死んでいても、生きていては駄目なんじゃないだろうか。というか桐生の選択を、私はもう信じられないでいる。これまで彼が選んできた道、そのどれもが良い結果を生むことはあまりなかったからだ。大体書類上死んだ人間として、これからどうやって暮らしていく、それも不思議である。そして遥は、子供とぽっと出ヤクザと共に沖縄へ帰る。歩こうとする子供に「頑張れ」なんて言っていたが、正直頑張るのはお前たちだよ、と心底思った。

6だけをやれば、あるいは「楽しかった!」で終われたかもしれない。実際、サブストーリーやミニゲームは相変わらず面白かった。草野球も漁も猫集めもスナックもよかった。尾道の美しい景色も、進化した神室町のグラフィックも素晴らしい。1から見てきた1人として、感慨深い。だからこそ、どうして既存プレイヤーに鞭をうつようなストーリーにしたのだろう。それともこれだけアレルギー反応が出ているのは私だけなのだろうか。いや確かに染みる部分はあった。ビートたけし小栗旬…、ってこれ6での新規キャラじゃないか!そう、もう既存キャラクターで胸が染みることはないのである。それがとても悲しい。4で人気キャラクター、真島に兄弟分をあてがえ、5では更に元嫁。もう真島の兄さんにテコを入れることは出来ないからといって、なぜ遥がこんな目に。龍が如くは著名人をモデリングすることが多い。だから、どのキャラクターにも格好いい染みる見せ場を作らなくてはいけないのだろう。何だかその皺寄せが既存キャラクターにきているようでならない。だが今回の6で桐生一馬の物語は終わりだという。それに安心した自分がいる。遥のこれからを見なくてすむ。何より、人間台風の桐生一馬を見なくてすむ。もう本当に、休ませてあげてほしい。山下達郎を流しておけばオールオッケー、とかそういうことの前に、本当…、お願いしますよ…。セガさん…

※クランクリエイター、堂島大吾のスキル発動時の台詞は最高に格好いいと思う。

 

ぱっぴーばーすでー

 5月29日、声優である保志総一朗さんのお誕生日イベントに行ってきた。
最近はこういった類のイベントに参加することもなかったのだが、大好きな保志さんの、それもお誕生日イベントともなれば…。折角彼と同じ時代を生きているのならば、やはり行っておきたい、という思いの先に、チケットを購入していた。

イベント前日までは、あまりイベントのことを考えずにそれこそのほほんと生きていた。むしろ出かける一時間程前まで、私は普段の私だった。
だがそろそろ家を出るぞ、となったあたりで急激に気分がおかしくなってきた。悪くなったのではない、おかしくなったのだ。途端に逃げ腰になる自分を奮い立たせ、何とか電車に乗った。行き先は、六本木だ。六本木。何という都会の響き。勿論、今までに一度も行ったことがない。どんなところだろう。というか私ごときが足を踏み入れてよい場所なのだろうか。というか今更だけれど、会場へは六本木駅より神谷町駅の方が行きやすいんじゃね?!というかもうそこから歩く!私、歩く!歩いて頭の1つ、2つでも冷やさないときっと変なテンションで会場入っちゃう!

となったので、急遽、神谷町駅から会場まで歩いた。そんな私のウルトラその場の勢いの結果、道に迷って、おそらく通常の2倍は時間をかけて会場に着いた。歩いている最中、「六本木…、何ておっっっそろしい場所なんだ…、何て悪い街なんだ…」とばかり思っていたが今ならば分かる。悪いのは私の頭だった。

会場には、既に大勢の保志さんファンがいらっしゃった。皆さん、キラキラしていた。漫画でいえば、背景にキラキラのトーンが上から下まで、何なら三段ぶち抜きで貼りつくされている、そんな感じだった。ここにいる人たちは、皆保志さんのことが大好きなんだ…、と思うと胸がじーんとした。ちらほらとニックを見かけたけれど、ズートピア面白いもんね!

そうこうしている内に開場。舞台には電飾で飾られた星がいくつか、それとお酒が詰まれたセット、その前に椅子が二脚。あぁ、あれに保志さんが座るのか、座るのだろう、そう思うだけでドキドキした。

保志さんは、過去に一度、スクライドの舞台挨拶で目にこそしている、が、あれももう何年前のことだろう。生・保志総一朗はそれきり、人生で2回目なのだ。
私は、スクライドのカズマの声が好きだ。BASARAの幸村も好きだ。最遊記の悟空も好きだ。保志さんの声が大好きだ。その大好きな声を再び生で、心臓が盆踊りからサンバへと速度を変えていく。テンションのギアがどんどん上がる。心がドリフトをしていた。私の心の中で前原圭一が囁く。「クールになれ…」

そしてとうとうイベントが始まった。舞台袖から飛び出してくる保志総一朗。歩いている。わぁ、凄い、服を着てる。ぎゃぁああ、口が動いた。心の中の前原圭一は最早はるか彼方でバットを振り回していた。あぁ、もうダメだ。自分でもビックリするくらい、小さな声ではあったが自然と呟いていた。本当にダメだった。何がダメかと聞かれたらよく分からない。でも確実に、私の中で赤い実どころではない、何かどえらい塊が爆発していた。衝撃のファーストブリット撃滅のセカンドブリット抹殺のラストブリット。あ、もう三発使っちゃった。目の前、おおよそ3メートルばかり先に生の保志さんがいる。生きている。喋っている。笑っている。あ、今、噛んだ。私は、おそらく今までで1番、なぜ自分の視力を大切に生きてこれなかったのか、と後悔した。私の視力がもっとよければ、もっと子細に保志さんの表情を捉えることが出来たのに!ハンカチをぎりりと噛み締めつつ、それでも何とか見ようと目を凝らす。が、ここで次の問題が。なぜかじっと見つめていられない。しばらく見つめていると、気恥ずかしくなって下を向いてしまう。気持ちとしてはずっと見ていたい。でもずっと見ているとどうしても気恥ずかしくなってしまう。というか、これ以上見ていると脳が危険信号を出すのだ。

「続けて見ると、退化するぞ」

過剰な保志総一朗摂取による弊害ゆえか、既に私は人語を上手く話せそうになかった。このまま摂取し続ければ、胎児…、果てには受精卵にまで戻るのではないだろうかとすら思えた。だから脳は警鐘を鳴らしたのだ。お前、それ以上退化してどうすると。

イベントは、最初から終わりまで、ずっとキラキラしていた。煌いていた。保志総一朗さんが輝いていた。彼の周りは、キラキラしていた。夏の大三角形。あれがデネブ、アルタイル、ベガ、そして保志総一朗。頭が悪すぎてそんなことばかりが脳内を流れていった。ライブパート中は、唇をずっと噛み締めていた。自分に何か痛みを与えていなければ、その場に立っていることが出来たかどうかも怪しい。大音量の中、歌う保志総一朗、走る総一郎、手を振る保志総一朗。ダ、ダメだ!!!!!!心の中で地団太を踏む。幸せ貯金がどんどん引き出されていくのが分かった。残高がゼロになりそうだ。むしろ一度にこんな引き出すな!と叱られている気分だった。お、お館様!!お館様ー!!!!と助けを呼んだが、お館様は笑っているだけだった。

そうして、おおよそ2時間、駆け抜けたイベントは終わった。ぐったりと、半ば魂の抜けた体で歩いていたら、行きには気づかなかった東京タワーがこんばんはと挨拶をしていた。思わず携帯電話で写真を撮っていた。ふとその東京タワーがぶれた。私が泣いているだけだった。不思議だった。脳のキャパシティが限界をこえて、余剰分が涙になっているのかしら、と思った。お酒を一滴も飲んでいないのに、酔っているような足取りで、やっぱり迷子になりながら駅まで歩いた。地下鉄の、あの独特な匂いがしたとき、ふと、現実に戻ってきたと思えた。日曜日の夜は、どの路線も混んでいた。おもいおもいに遊んできたであろうパーリーピーポーたちの、それでも下がらぬテンションに体を無理やり持ち上げられながら、何とか最寄駅まで辿りついた。途中、何度かイベントのことを思い返した。どの部分を思い返しても、最後に、「妖精です」のあの一言が思い出されるから、森川智之さんはつくづく罪作りだと思った。

一晩明けた今、こうして文章に起こしているが、イベントの詳細なんて1つも書けない。全てはジェットコースターのように流れて、おそらく私の心の大事なところにしまわれている。それを無理に引き出そうとすると、おそらく私は一瞬で受精卵に戻るだろう。だからそれは、これから死ぬまで、少しずつ、ここぞというときに思い出すのだろう。色々と葛藤もあったけれど、やっぱり行ってよかった。保志総一朗さんを、再びこの目にすることが出来てよかった。そう、人生は一度きり、地図のない宝探し。本当に良かった。思い出は、冥土にも来世にも持っていけないだろうけれど、それでも私は、死ぬまでこの思い出を大事に抱えていきたい、とそう思っている。

保志総一朗さん、お誕生日おめでとうございます。

ここさけ

先日、ここさけを見てきました。
私の旦那は、大のあの花ファンで、そのあの花を制作したところが作った映画、として、ここさけも大分見たがっていました。近場の映画館、レイトショーで。旦那ほどではないとはいえ、私もあの花は好きで、この映画も興味がありました。

「ここさけを見てきた話 ネタバレ有」

が今回書こうと思う内容なので、ここさけのネタバレが嫌、という人はお戻りください。
そしてとても批判的な意見の連続なので、この映画に好意的な方にもお勧めできません。



と、いうわけで本編の感想。

さすが映画、なので絵はとても綺麗でした。細かな動きとか、とても丁寧だなぁと思いました。物語自体も、幼い頃のトラウマを抱えた女の子を切欠に色々とわだかまりがとけたりとけなかったり…。途中まではとても楽しく見ることが出来ました。トラウマの描写とかなるほど、なるほど、でしたし。お約束といえばお約束だけど、ちょっといきがった男の子が、打ち解けていく流れなんて、分かっていても心が温かくなりました。

そう、途中までは

後半部分は、自分にとって本当に苦痛でした。


っていうか、何で痴情のもつれ?

っていうか、何で逃げるの?

っていうか、何でお前がそれを言えた義理なの?

っていうか、っていうか、っていうか、、、


その連続でした。
同じクラスのカップルがキスしているところを偶然見てしまって。結局それが羨ましいから、よもやあんな誰が通るか聞いてるかも分からない校内で、痴情のもつれを繰り広げた主役2人に辟易しました。うまくいってる2人を羨ましがって逆ギレするくらいなら、とっととよりを戻しておけばよかったのに、とイライライライラ。

お約束でそれを見てしまったやはり主役子が、次の日、まさかのばっくれにも正直どん引きしてしまったし。一時の感情とはいえ、君は自分が切欠で、クラスの皆がミュージカルをやろうと、そういう経緯になったことを忘れちゃってるのかな?と往復ビンタして問い詰めたい気持ちでした。

すっかり自分のことを棚上げして暴言を吐く主役子の姿にも泣けなかったし、それを怒ることなくむしろ肯定して、「名前を呼んでくれた」と感謝する主役男にももう口端を引きつらせることしか出来ませんでした。

最後の最後に君だけはまともだろうと思っていた野球部の主役も、何だかんだで告白する!とか言い出して、「おいおいお前、女なら誰でもいいのかい?」ともれなくどん引き。

綺麗に四タテで、上映後はどんよりとした気持ちで映画館を出る羽目になりました。

いかんせん前半部分がよかっただけに、怒涛のしょーもな!展開となってしまった後半部分は、途中、「明日の夕ご飯は何にしよう」とか「そういえば油がなかったっけ」だとか、そんなことでも考えておかないとさらなる靄に押しつぶされてしまいそうで。


何ていうか、自由という靴を左右間違えて履いちゃってる子たちが、必死に100mを走ってるような、不自然さが多分イライラになったんだと思います。

そんな後半部分唯一の清涼剤は、主役2人が来ても来なくても自分に出来ることをするだけだ、と言い切ったクラスの女の子なわけで。

主役4人は、散々迷惑と心配をかけ、巻き込まれたくもない痴情のもつれに巻き込んだクラスの全員に土下座するべきなんじゃないかと思いました。私なら向こう20年くらいは話の種にしそうです。こんな痛い奴らがいたんだと。


よもや自分でもこんな否定的意見を持つとは思わなかったので、本当にビックリです。特に女の子。見た目は可愛いのに中身がひでぇ。あの花で双方共にいい子を出しすぎちゃった弊害ですか?と問わずにいられない。

映画のレビューとしては概ねいい感じだったので、私の感想は随分ひねくれたものだと思いますが、それでも釈然としないものはしない。

あの、「青春」という世界に、若い感性に、もう自分がついていけなくなった鮮やかな証拠として、この釈然としない気持ちにやすりをかけておこうと思います。


しかし山の上のお城、というワードが出た瞬間に「ラブホじゃない?」と瞬間予想出来た人は結構多数だと思いたい。