ぱっぴーばーすでー

 5月29日、声優である保志総一朗さんのお誕生日イベントに行ってきた。
最近はこういった類のイベントに参加することもなかったのだが、大好きな保志さんの、それもお誕生日イベントともなれば…。折角彼と同じ時代を生きているのならば、やはり行っておきたい、という思いの先に、チケットを購入していた。

イベント前日までは、あまりイベントのことを考えずにそれこそのほほんと生きていた。むしろ出かける一時間程前まで、私は普段の私だった。
だがそろそろ家を出るぞ、となったあたりで急激に気分がおかしくなってきた。悪くなったのではない、おかしくなったのだ。途端に逃げ腰になる自分を奮い立たせ、何とか電車に乗った。行き先は、六本木だ。六本木。何という都会の響き。勿論、今までに一度も行ったことがない。どんなところだろう。というか私ごときが足を踏み入れてよい場所なのだろうか。というか今更だけれど、会場へは六本木駅より神谷町駅の方が行きやすいんじゃね?!というかもうそこから歩く!私、歩く!歩いて頭の1つ、2つでも冷やさないときっと変なテンションで会場入っちゃう!

となったので、急遽、神谷町駅から会場まで歩いた。そんな私のウルトラその場の勢いの結果、道に迷って、おそらく通常の2倍は時間をかけて会場に着いた。歩いている最中、「六本木…、何ておっっっそろしい場所なんだ…、何て悪い街なんだ…」とばかり思っていたが今ならば分かる。悪いのは私の頭だった。

会場には、既に大勢の保志さんファンがいらっしゃった。皆さん、キラキラしていた。漫画でいえば、背景にキラキラのトーンが上から下まで、何なら三段ぶち抜きで貼りつくされている、そんな感じだった。ここにいる人たちは、皆保志さんのことが大好きなんだ…、と思うと胸がじーんとした。ちらほらとニックを見かけたけれど、ズートピア面白いもんね!

そうこうしている内に開場。舞台には電飾で飾られた星がいくつか、それとお酒が詰まれたセット、その前に椅子が二脚。あぁ、あれに保志さんが座るのか、座るのだろう、そう思うだけでドキドキした。

保志さんは、過去に一度、スクライドの舞台挨拶で目にこそしている、が、あれももう何年前のことだろう。生・保志総一朗はそれきり、人生で2回目なのだ。
私は、スクライドのカズマの声が好きだ。BASARAの幸村も好きだ。最遊記の悟空も好きだ。保志さんの声が大好きだ。その大好きな声を再び生で、心臓が盆踊りからサンバへと速度を変えていく。テンションのギアがどんどん上がる。心がドリフトをしていた。私の心の中で前原圭一が囁く。「クールになれ…」

そしてとうとうイベントが始まった。舞台袖から飛び出してくる保志総一朗。歩いている。わぁ、凄い、服を着てる。ぎゃぁああ、口が動いた。心の中の前原圭一は最早はるか彼方でバットを振り回していた。あぁ、もうダメだ。自分でもビックリするくらい、小さな声ではあったが自然と呟いていた。本当にダメだった。何がダメかと聞かれたらよく分からない。でも確実に、私の中で赤い実どころではない、何かどえらい塊が爆発していた。衝撃のファーストブリット撃滅のセカンドブリット抹殺のラストブリット。あ、もう三発使っちゃった。目の前、おおよそ3メートルばかり先に生の保志さんがいる。生きている。喋っている。笑っている。あ、今、噛んだ。私は、おそらく今までで1番、なぜ自分の視力を大切に生きてこれなかったのか、と後悔した。私の視力がもっとよければ、もっと子細に保志さんの表情を捉えることが出来たのに!ハンカチをぎりりと噛み締めつつ、それでも何とか見ようと目を凝らす。が、ここで次の問題が。なぜかじっと見つめていられない。しばらく見つめていると、気恥ずかしくなって下を向いてしまう。気持ちとしてはずっと見ていたい。でもずっと見ているとどうしても気恥ずかしくなってしまう。というか、これ以上見ていると脳が危険信号を出すのだ。

「続けて見ると、退化するぞ」

過剰な保志総一朗摂取による弊害ゆえか、既に私は人語を上手く話せそうになかった。このまま摂取し続ければ、胎児…、果てには受精卵にまで戻るのではないだろうかとすら思えた。だから脳は警鐘を鳴らしたのだ。お前、それ以上退化してどうすると。

イベントは、最初から終わりまで、ずっとキラキラしていた。煌いていた。保志総一朗さんが輝いていた。彼の周りは、キラキラしていた。夏の大三角形。あれがデネブ、アルタイル、ベガ、そして保志総一朗。頭が悪すぎてそんなことばかりが脳内を流れていった。ライブパート中は、唇をずっと噛み締めていた。自分に何か痛みを与えていなければ、その場に立っていることが出来たかどうかも怪しい。大音量の中、歌う保志総一朗、走る総一郎、手を振る保志総一朗。ダ、ダメだ!!!!!!心の中で地団太を踏む。幸せ貯金がどんどん引き出されていくのが分かった。残高がゼロになりそうだ。むしろ一度にこんな引き出すな!と叱られている気分だった。お、お館様!!お館様ー!!!!と助けを呼んだが、お館様は笑っているだけだった。

そうして、おおよそ2時間、駆け抜けたイベントは終わった。ぐったりと、半ば魂の抜けた体で歩いていたら、行きには気づかなかった東京タワーがこんばんはと挨拶をしていた。思わず携帯電話で写真を撮っていた。ふとその東京タワーがぶれた。私が泣いているだけだった。不思議だった。脳のキャパシティが限界をこえて、余剰分が涙になっているのかしら、と思った。お酒を一滴も飲んでいないのに、酔っているような足取りで、やっぱり迷子になりながら駅まで歩いた。地下鉄の、あの独特な匂いがしたとき、ふと、現実に戻ってきたと思えた。日曜日の夜は、どの路線も混んでいた。おもいおもいに遊んできたであろうパーリーピーポーたちの、それでも下がらぬテンションに体を無理やり持ち上げられながら、何とか最寄駅まで辿りついた。途中、何度かイベントのことを思い返した。どの部分を思い返しても、最後に、「妖精です」のあの一言が思い出されるから、森川智之さんはつくづく罪作りだと思った。

一晩明けた今、こうして文章に起こしているが、イベントの詳細なんて1つも書けない。全てはジェットコースターのように流れて、おそらく私の心の大事なところにしまわれている。それを無理に引き出そうとすると、おそらく私は一瞬で受精卵に戻るだろう。だからそれは、これから死ぬまで、少しずつ、ここぞというときに思い出すのだろう。色々と葛藤もあったけれど、やっぱり行ってよかった。保志総一朗さんを、再びこの目にすることが出来てよかった。そう、人生は一度きり、地図のない宝探し。本当に良かった。思い出は、冥土にも来世にも持っていけないだろうけれど、それでも私は、死ぬまでこの思い出を大事に抱えていきたい、とそう思っている。

保志総一朗さん、お誕生日おめでとうございます。